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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)305号 判決

上告人

高山食品有限会社 高山こと

右代表者代表取締役

崔海東

代理人

早川登

桑原太枝子

被上告人

後藤善富

代理人

高橋通夫

主文

原判決を破棄し、本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人早川登、同桑原太枝子の上告理由について。

被上告人が訴外後藤喜衛の上告人に対する債務につき連帯保証をすることを承諾した事実は認められないとした原審の認定判断は、挙示の証拠に照らして肯認することができ、右認定判断に所論の違法は認められない。この点に関する論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断および事実の認定を非難するか、または、原審で主張判断を経なかつた事項を理由として原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。

ところで、原判決は、右後藤喜衛が権限なく被上告告人を代理して締結した連帯保証契約につき、表見代理の規定により、被上告人が責を負うべきである旨の上告人の主張に対して、被上告人は喜衛に対し土地の所有権移転登記手続という公法上の行為をなすことを委任したものであつて、同人に対し私法上の代理権を授与したことないしは本件連帯保証につき代理権授与の表示をしたことは認められないと判示して、右主張を排斥しているところ、論旨は、民法一一〇条の規定の適用の要件たる基本代理権の存在を主張して、この点の判断の違法を主張する。

思うに、原審の確定するところによれば、被上告人は、さきに自己所有の土地一筆を喜衛に贈与しており、喜衛の求めに応じて、右土地につき同人に対する所有権移転登記手続をするため、実印、印鑑証明書および右土地の登記済証を同人に交付したところ、同人は被上告人の承諾を得ることなく、右実印等を使用して上告人との間に本件連帯保証契約を締結したというのであつて、被上告人が喜衛に委任したという所有権移転登記手続は、被上告人にとつては、喜衛に対する贈与契約上の義務の履行のための行為にほかならないものと解せられる。すなわち、登記申請行為が公法上の行為であることは原判示のとおりであるが、その行為は右のように私法上の契約に基づいてなされるものであり、その登記申請に基づいて登記がなされるときは契約上の債務の履行という私法上の効果を生ずるものであるから、その行為は同時に私法上の作用を有するものと認められる。そして、単なる公法上の行為についての代理権は民法一一〇条の規定による表見代理の成立の要件たる基本代理権にあたらないと解すべきであるとしても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてなされるものであるときは、右規定の適用に関しても、その行為の私法上の作用を看過することはできないのであつて、実体上登記義務を負う者がその登記行為を他人に委任して実印等をこれに交付したような場合に、その受任者の権限の外観に対する第三者の信頼を保護する必要があることは、委任者が一般の私法上の行為の代理権を与えた場合におけると異なるところがないものといわなければならない。したがつて、本人が登記申請行為を他人に委任してこれにその権限を与え、その他人が右権限をこえて第三者との間に行為をした場合において、その登記申請行為が本件のように私法上の契約による義務の履行のためになされるものであるときは、その権限を基本代理権として、右第三者との間の行為につき民法一一〇条を適用し、表見代理の成立を認めることを妨げないものと解するのが相当である。

してみれば、被上告人が訴外後藤喜衛に与えた権限が登記手続という公法上の行為をなすことであつたことのみを理由に、たやすく上告人の表見代理の主張を排斥した原判決は、民法一一〇条の解釈を誤つたものというべきであり、論旨は理由がある。

よつて、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(大隅健一郎 岩田誠 藤林益三 下田武三 岸盛一)

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